民俗学とは如何なる学問か
現在の民間伝承を通して、民俗の心性、生活文化の特質を把握することを目的とする。
民族学:文字無き未開民族、未開部族を対象として全人類のもっとも古い文化を探求
しようとするもの。
民俗学:高度文化民族の中の低文化、生活文化を対象とするとともに、
記録のらち外にあり、伝承的生活文化を対象とする点で、
方法的立場を共通にしている。
民俗の意義と性格
・「民俗」→特定の年月日や、特定の人物による事件ではんくて
平凡多衆の日常生活一般
あるいは、その慣行習俗の無数の累積の事
地域社会の中で、過去から累代にわたって伝承せられ
文字に書かれる動機を欠いているが
遠い過去が姿を変えつつ
一面では不変に変わらないで伝承しているもの
・習俗と常民
対象→職業・階層という範疇で区画できるものでなく
生活の常民的分野とするべきである
(これまでの民俗学は、事実上、農民農村社会を対象としてきた)
「常民」=日本民俗学独自の発達の中で独自の意味内容を充実させた
常の面を持つ・・・凡常(空間)・恒常(時間)
マルキシズム(階級・一揆・年貢)とは原理的相違→常なる事ではない
・基層文化
民俗学は、国民文化全体を表層文化と基層文化とに分けた
従来の文献史学は、アプローチの道を閉じてきた
(→事実上の欠陥と無記録=無価値)
文化の基層=民俗文化に固有の原質を宿して居る
→表層との間に沈殿と吸い上げの作用
書かれざる歴史を引き出すことが出来る
基層の常民文化<民俗学によって成立>
・民俗と歴史
文化の表層と基層、歴史における不変要素と可変要素
生活における常と非常ー互いに
歴史科学としての成立根拠
伝承は国内一様に存在するのでなく
文化的距離に応じて年輪状に変遷の各段階を示す
→それらの比較から変遷、発展の跡を逆構成することが出来る
対象と分類
C・バーン「民俗学提要」
1.信仰と行為
2.慣習
3.物語・民謡・言い伝え
折口信夫
1.周期伝承・・・暦日で決定するもの
2.階級伝承・・・社会構成に関するもの
3.造形伝承・・・造形的なもの
4.行動伝承・・・祭り・遊び・芸能
5.言語伝承・・・<柳田の第2部>にあたる
柳田国男
1.有形文化・・・目でわかる(住居・衣服・食制・・・)
2.言語芸術・・・耳を働かす(命名・言葉・民謡・・・)
3.心意表象・・・心でつかまえる(幽霊・兆占・禁・・・)
和歌森太郎
1.経済人的生活伝承・・・基本的伝承(衣食住)
取財的伝承(産業・交通・運搬)
2.社会人的生活伝承・・・社会存在的伝承(村構成)
社会形成的伝承(誕生・成年)
3.文化人的生活伝承・・・知識的伝承ー教育(命名・躾)
厚生的伝承ー芸能(年中行事)
倫理的伝承ー法制(社交・制度)
⇒信仰(祭・兆・占・禁・呪)
方法論
Ⅰ.史料としての民間伝承
民俗学は、伝承で歴史の両極の空白を満たす
・現在学(現段階において民俗のもつ意義を見出す)・・A
・過去学(民俗の変遷過程を明らかにする)・・B
AはBを前とし、Bの結果、Aが分かるのである
=発展系列・前後関係ー相対年代が明らかになる
Ⅱ.フィールドとしての村落と都市
生活のあるところすべてに民俗はある
従来、都市より村落を重視
→都のように外来文化、知識文化、高度文化によって
土着、根生いの文化要素がスポイルされることが少ない
(僻村)
文化的距離は、地理的距離と同じでない
Ⅲ.現地採訪と文庫作業
採訪・・・一定の土地(村落)における一定の習俗の存在を確かめ
それが全体の発展系列の中で如何なる位置を占めるかを見る
文庫作業・・・民俗的事例が現段階で、どこまで収集され、系列化され
意味づけされているか
未知の民俗学があるとすれば、どういう可能性のある土地か
その過去は → これらをあらかじめ検討する
聞き取り・・・良き伝承者を発見し、その知識をあますところなく採集する
一種の技術である Hospitality の心理
Ⅳ.民俗語彙
常民社会の命名=即物的・印象的な一面をとって命名される
→ その事物が、いかなる印象を与えたか
事物の名称との関係
1.事物が消滅して言葉だけが残る
2.同種同一物を別名で呼ぶ
3.同語が土地によって別物を指す
→民俗の変遷過程を示す
民俗語彙は、方言を民俗としてみる
Ⅴ.周圏理論と重出立証
・考古学:下の地層は上の地層より古い
・民俗学:文化の中心からより遠いものは、より近いものより古い
とするのが原則
日本は、固有文化の地盤の上に、外来文化の注入を受け、同化援用させてきた
後々の文化波動によって中心部では、前代の文化は消し去られ
偏辺部では、前代文化が残存する可能性がある
「周圏理論」方言、民俗の地域差は、時代差に他ならない
→柳田国男『蝸牛考』にて実証
古代文献に記された女性司祭(東北地方のイタコ、沖縄のノロ・ユタ)
→周圏理論は仮説である
民俗は複合的性格を持っているから具体的現状には
地域社会が受けた特殊条件が珍しくない
系樹的にのびることもある
民俗が各地で異なることは、比較を可能にし、必要にするものである
→どこの部分が共通であるのか、どこの部分が従来的であるのか
付加的であるのか
→全体発展の経過像を構成導出する
Ⅵ.民俗の無時代性
民俗は、どの時の断面で切っても、発展段階の中の
それぞれの場に位置づけられる
(時代・年代観念は適応できない)
風俗:どの時代、どの階層の風俗というように
文献・遺物によって歴史の表層をみる
(民俗学とはまったく違う)
民俗学は、文献のらち外にある、隠れた歴史の発掘をするものである
・学会に知られたものを机上で知り、空白の部分が何であるかを知って
それが補充出来得る地点を、いろいろの参考データから選定する
・臨地採訪は、目・耳・心を働かせて、古老からの聞き取りと
写真・カード・スケッチ・実測図などに採録して
項目別に分類し、文庫作業に使った資料と比較して
採録結果の意義と価値を考え、すでに知られている知識の
不正確、不備を、一歩でも確実・豊富にし、近づけるところに
この学問の発達がある
民俗学研究の歴史
準備期間としての江戸時代
西川如見「町人ぶくろ」
本居宣長「玉勝間」
その他、随筆・紀行文・・・天信景「塩尻」
古川古松「東遊雑記」
西洋近代民俗学
ドイツ、ロマンティック運動の中で民俗の中に歴史を見る態度として出発した
<18~19世紀> J・メーザー、ヘンデル、グリム兄弟
明治の日本
明治19年 東京人類学会の建設「人類学雑誌」
→後の民俗学、民族学、形質人類学、考古学、言語学、等の母体を成した
当時の文化科学は英国によるところが多い
ダーウィン「生物の進化」残存の理論
タイラー 進化論的人類学ー日本人も人類の一環としてみる
民俗学は、なお民族学の中に埋没し独自のものとして解釈するには至らなかった
柳田国男 =日本独自の民俗学の樹立
明治42.「後狩詞記」
明治43.「石神問答」
彼は、地方生活の諸風様を地域に関連させ、浮かばせることによって
それぞれの郷土生活の根本をささえる心意伝承を夢想だにしなかったが
この取り上げたことは、独自の新分野を、より開いたものとして
画期的意義を持っていた
明治43.「遠野物語」ー周圏理論へのさきがけ
「石神問答」ー重出立証法
伝説研究
日本人が普遍的に持った習俗が先にあった
固有名詞そのものは問題でない
雑誌「郷土研究」
郷土生活を通しての日本研究をこころざした
「巫女考」「毛坊主考」「柱松・勧請木」
「山島民譚集」とその後
「河童駒引」「馬蹄石」「赤子塚」
古代日本人の霊魂転生観念との関係を論証
・「一つ目小僧の誕生」=神の祭り、超人間的なものとの関係
→神に仕える者の姿
・貴人遊幸ー木地屋・鋳物師の職人による伝播
・「桃太郎の誕生」=川上を神聖視、神の子が水に浮かんで示現する
固有神道の信仰
新国学としての民俗学
「海南小記」「雪国の春」「秋風帖」(紀行文)
国民生活の歩んできた種々の変遷過程は
現代の田舎をヨコに巡って
種々の時代の残骸を訪れることによっても了解できる
その後も、次々に多くの方面に民俗学的解釈法の可能性を示唆していった
昭和に入って
「日本農民史」「明治・大正史世相編」「国史と民俗学」
民俗学は、全国民生活の伝統と変遷とを知るべき歴史の学問である
という自覚を明示した
昭和9~11年:民俗学の理論的大系が意識されてきた時期
玉依姫・・・日本の古代神話・伝承の中に珍しくない
賀茂の伝説と深く関わる・・・父親なし→神胤を宿す
タマ(魂)ヨリ(憑) = シャーマン=巫女 ミコ:神懸かりしている
幽霊=女性・柳の下に現れる
柳:「しだれる」という意味→霊は木をつたって降りてくると言われる
しだれ桜(霊視される)
村におけるよそ者の観念
知らない世界ー災害をもたらす可能性・・・排除
未知の音信をもたらす可能性・・・歓待
屋根葺き
短時間に多数の労働力を結集しなければならない
材料(わら)労働力は全て片付けられない→交換労働
1.手間がり 手がえし・・・社会的に同列同等の家同志
上下関係は生じない
2.ユイ・・・結集=結い=親類・・・交換労働の以前にあるもの
周圏理論「蝸牛考」
<方言>ナメクジ系は九州と青森に偏在 * デデムシ系は全国一律
→かつては同じ名で呼ばれていた:なめくじとかたつむり
<習俗>氏神ー同族集団(マキ・マケ)→東北地方
(カブ)→中国・丹波地方
ウチガミ ウヂガミ ウッドン ウンガンサー ソトゥガンサー
巫女(ミコ)ーユタ イタコの姿が定着してミコ
梓神子(アズサノミコ)・・・中央にもいた
墓制・・・両墓制(埋墓と詣墓)→単墓制
L関東・中部・近畿・四国東=周圏理論に反する
同族団・・・村の中の本家と分家の集団グループ
生活協同を営んでいる
内容 a.ほとんどについて行なう
b.ハプニングが起こったとき行なう
c.同族だけで祭りを行なう
・・・の様に分ける
同族神=単なる信仰・宗教でない→先祖以外に考えられない
同族神が本家の中にあり先祖を祀ったのが一番古い
茅の輪くぐり・・・未開社会の樹木崇拝によって、その意味を説く
椎葉村ー「後狩詞記」
猪の狩猟には、さまざまの古実(作法)がある
山の神を祀るために狩りが行なわれる
「遠野物語」
岩手県遠野郡における佐々木喜善の話
オシラサマ:口寄せに使う
桑の木に顔を描き着物を着せて遊ばせて神懸かりになる
盲目の口寄せ巫女=イタコ
ザシキワラジ:家の神ー家には童子が住んでいて姿を見せない
→家の隆盛
周圏理論への先駆け
「シャクシ問答」
山中笑の説:シャクシの地名は石神が立っていた
柳田国男の説:村の境に位置してサイノカミ→サクノカミ
村境に祀る石を御神体
伝説・・・歴史上の有名な人物が登場する
(弘法大師・聖徳太子・自覚太子)
タイシ、ダイシ→太子=尊い人の子ども=ミコ(信仰的要素)
この日、各村で収穫の祭りをし、その神の姿(=僧)であった
L民間を旅して歩いた僧
巫女(ミコ)・・・旅渡らいの中に暮らしをした
口寄せ(生霊・死霊に乗りうつる)を生業
東北地方に残るイタコ
毛坊主考・・・かつて日本の村落には、頭百姓すじの者が、一面で僧侶の役目
仏教が日本に行き渡る過程での民間信仰
馬蹄石・・・石(神霊のよりどころ)
→水の精が馬の生け贄を求める
名馬の墓所が各地に多数ある=水のある所→名馬の生まれる土地
赤子塚・・・赤子の墓だけは別地に設ける→村境・墓の入り口
墓の入り口には六地蔵(安産)が立っている
子どもの葬式はしない=ふたたびこの世に戻ってくることを願っている
(霊魂の転生)
あの世とこの世の境を村の境になぞらえる
宮座=村落の組織が神社の祭祀であらわれている
鎮守を祭るのに村中の選ばれた者が祭りに関与する
・株座方式の村ー代表の者が特定の家筋に限られる
・村座方式の村ー村人に開放されている(年番・輪番で回る)
仮親(オヤコナリ)・・・社会的関係としての親子
・出産→トリオヤ:取り上げばばあ こずえばばあ
子どもを別の世界から人間の世界へ取り上げる
ぐにゃぐにゃの子どもをしっかりとさせてくれる
・命名→名付け親
・村人の教育→宿親:若者組が若者宿に合宿して村の倫理、道徳を学ぶ
・一人前→ヨリオヤ:親作・子作の関係